李登輝先生 逝く

2020.08.02 Sunday 23:57
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    李登輝元総統が7月30日に死去した。97歳

    今から15年くらい前、一度敬愛する李登輝先生とお会い出来るチャンスが到来したが

    実現しなかった。やはり、ただファンというだけで、お会いする理由も無い一般人では無理かと感じさせた。

    当時は年間10回くらい台湾へ訪問してた。通算30回以上は台湾へ通い詰めた。

    おかげで、台湾国内の事情を詳しく知る事となった。あっと言う間に15年が過ぎた。

    台湾ではとても会うことが出来そうにない立派な地位の人達と会うことが出来た。

    個人的に知り合う友人は内省人が多く、尊敬出来る人物が多かった。

    また、仕事で知り合う事業主は外省人が多く、困惑する事も多々あった。

    台湾内の複雑な関係性を垣間見る事が出来た。

     

    会う度に、いつも自分が相応しい人間かどうかを自問自答させられた。

    特別な成果があったわけでは無く、恥じない行動だけを心掛けた。

     

     

    李登輝先生

    ご冥福をお祈り致します。

     

     

     

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    ソウル旅行

    2019.08.10 Saturday 18:07
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      2008年5月

      第一高等女学校(第一高女)

      1940年前後の旧日本統治時代の女学校。当時の朝鮮では高等女学校は1校だけ創立された。母の母校です。当時は珍しい女学校で入学試験も相当に困難だったそうです。

      後に第二高等女学校が創立されたそうですが、最も古い歴史を持っています。残念ながら、歴史ある母校はその後、移転、改名されて今では特定出来ません。

      写真の地域はアメリカ大使館や政府組織がある一等地で恐らく跡地だと推測されますが、確証はありません。

      何せ、日本統治時代の建物は、破壊撤去が基本

       

      李王朝の宮殿

      ソウル中心部から青瓦台へ向かって北へ李王朝の宮殿が山に向かって広がっている。正門では衛兵がセレモニーをやっている。案内をしてくれた韓国の李氏は李王朝の血統を受け継ぐ方で、世が世ならと全部私の物だった、といってました。但し韓国では、多くの李氏が世が世ならと言うそうです。何がどうなってるのか、部外者では全く分かりませんが。。

      王朝内部は大変質素で当時の王朝が贅を尽くした暮らしではなかったようです。李王朝は日本統治が始まり消滅し、重要な文化財も分散して分からなくなった物も多いと彼は言ってました。現在は重要な地区(ソウル中心部)はアメリカ大使館、大使官邸が広大に一等地を占領しており、戦後の歴史を物語っています。

      南大門マーケット、今年始めに放火による火災で焼失し、写真はマーケット通り。

       

      李氏朝鮮宮殿入り口

      衛兵(門番?)やたら背が高い人を採用してるようです。

      見せかけが重要

       

      南大門(焼け跡から再生)

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      台北、101と淡水河口

      2019.08.10 Saturday 11:31
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        2009年2月

         

        台北高層ビル101、去年まで世界一高いオフィスビルでしたが、今は上海の新しいビルが世界一。高さに対抗しても余り意味は無いとは思うけど。揺れ防止とエレベーターは東芝の技術が使われてました。
        台北、上海ともバベルの塔がバブルの塔にならなければ良いのですが。。

        下の写真は台北(台湾)最北端の町、淡水(台湾語でダンシュイ)河口付近。
        この日は、台湾人、尺八の名人が日本を懐かしんで路上ライブをやってました。

        戦前の統治時代、父が台北第一中学を卒業しており、父も九州から留学の時代、この淡水を通って行き来し、同じ風景を眺めていたことを思うと胸が詰まります。何の変哲もない夕焼けの風景ですが私にとっては価値ある物です。(実際の九州から台湾への移動は門司港ー基隆港だったと思われます)


        卒業後、志願して陸軍に入隊して、最南端の高雄港(台湾語でガウシュン)からアジア戦線(厦門、海南島守備 フィリピン、インドネシア)に転戦したものと思われます。父の階級は曹長(軍刀保有)新兵からのたたき上げでした。合計8年間の軍隊生活で負傷は無かったと思ってましたが、記録を調べたら、厦門上陸後、負傷により、3か月間の病院(傷病)生活を送っています。厦門守備隊時代の出来事と思われますが、原因理由は分かりません。その後、海南島上陸作戦に参加し、米軍戦闘機による機銃掃射が一番怖かったそうです。

        その後フィリピン駐留後、インドネシア戦線に参加、上陸後はオランダ軍はとっくに逃げた後で、日本軍は相当に強かったと思われます。オランダ人の日本人蔑視はこんなことからも伺えます。インドネシアでは大きな戦闘は殆ど無く平和だったそうです。父の話だと、多くの日本兵は現地の人に親切にして、シーさん(先生の意)と呼ばれて慕われていたそうです。当時の写真を見ると現地の人達との笑顔の写真ばかりで戦争の雰囲気は全くありません。戦後のスカルノ大統領の親日政策を見ていると、略奪だけのオランダや他の欧州の列強たちの植民地政策とは全然違った政策だったことが伺えます。


        台湾は親日的な人が非常に多く、戦後、国民党支配の中、反日教育が行われましたが、殆ど影響は無かったように感じます。

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        台北市

        2019.08.10 Saturday 11:18
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          2009年9月

           

           

          台北中心地に今も現役で使用されている、旧総督府。一度だけ米軍の空襲を受けて一部損壊したそうですが、補修して今も尚現役の総統府として使われている。建物の各階、各角の部屋には当時から喫煙場所として使われており、その当時から海外での配慮が伺われる。
          展示室には戦前大日本帝国が行った投資、インフラ、土木ダム工事、鉄道等、多くの公共事業がパネルに紹介されている。八田興一氏の行ったダム工事は特に有名。今でも命日には多くの台湾の人が集まるそうです。

          館内の日本人向けガイド(日本語完璧)の方の説明で面白いのは、日本に期待する事が多く、戦前の日本の素晴らしさと、今の若い日本人に対してのメッセージは ”あなた方は戦前の凄いDNAを持った日本人の子孫だという事を忘れないで”でした。嬉しいけど、現代の日本は思い入れとは逆になっているように思えてなりません。

          いずれにしても、戦前、同じ政策が行われ、また戦後、共に反日教育が行われた、台湾と韓国の対比が非常に興味深いです。


          二枚目は父が卒業した台北第一中学校。今でも台湾では名門校だそうです。父が卒業生だという事で特別に中に入れてもらえました。

          三枚目は台北郊外(桃園)の商店街。

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          高雄市

          2019.08.10 Saturday 11:12
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            2010月9月

             

            久しぶりに、お盆休み台湾高雄市へ出かけた。
            過去最も数多く出かけた国は台湾で、台北、台中、台南は行った事があるが、高雄だけはなぜか行く機会が無かった。今回3泊4日の日程でお盆休み(日本の)中、飛行機の予約が取れた事が幸運だった。

            高雄市のイメージは台南のイメージとダブって、古い街並みや庶民的な下町を想像していたけれど、実際は中心部は人口150万を抱える近代的な都市だった。

            町の中心は日本統治時代から愛川(旧高雄川)を中心に西側(港付近)から、現在は東側に移っている。
            川の西側は港に近い事もあり、多くのバーやキャバレーが軒を連ね連日アメリカ海兵隊の歓楽街であったそうだ。ベトナム戦争後は多くは閉店し、営業してる店は少ない。
            高雄市は珍しく市内は碁盤の目、つまり京都のような町作りがなされてる、台北とは大きく異なる。
            日本統治時代に町が作られたからと聞いている。道幅も広く日本国内では実現出来なかった町作りを
            高雄では近代的に整理しようとしたように思える。更に交差点は広く拡張され、広い地下鉄の駅として再開発が進んでいる。

            経済は一時、中国への投資、工場移転などで潤っていたが、今は中国からの撤退する企業や人が多く、景気は日本と同じように悪いと聞く。人口150万の都市にデパートが7〜8店舗あったそうで、多くが日本と高雄の資本提携による出店であったが、今は伊勢丹、SOGOを含めた日本勢は撤退していた。
            近代の日系企業は利益が出ないと分かると撤退は早い。現在のデパートは現地資本により経営されてる。
            現地、日系デパートの日本人社員の評判が耳に入って来るが、イマイチぱっとしないのは、当時バブル期であった為、余り良い噂を聞かない。また多くの現地の台湾人が撤退により失職したそうだ。
            陳水編前総統の出身母体で台湾独立派が多い高雄市は台北と違って親日的と聞いていたが、現在は膨大な数の中国人観光客が一部経済を支えてるようにも見える。

            写真の門は港への入り口。戦前はここから旧日本軍は南進した。
            多分父もこの高雄港から戦地フィリピンへと出港したと思う。

            3番目の写真は現在の中心地、愛川の東側。

            4番目の写真は台湾の郵便局、中正三路の大きな交差点付近
            郵便局のシンボルカラーは緑色、気に入っています。

            5番目の写真は同じく、中正三路の交差点の交番か警察
            ちょっと派手な色使いで旅行者には警察とは見えないが、パトカーが止めてあるので納得。

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            台糖製糖 高雄郊外

            2019.08.09 Friday 12:02
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              2010年12月

              高雄への旅行中に訪問した台糖製糖。近年まで稼働していたらしく、工場内には入れなかったけどオフィスや出荷貨物の操車場や駅、使われていない旧日本人住宅の廃墟などが残されていた。

              工場は高雄から北へ電車(高尾からは地下鉄)で30分位の場所で、台南へ向かう途中の駅。
              現在は台南へは新幹線が開通して、この線は高尾市内の地下鉄から各駅停車で繋がっている。
              また、このラインは製糖工場から高雄港への砂糖の積み出しのための貨物線が発祥と思われる。

              現在の工場跡地はパブリックな施設として、解放されて見学コース、ショップが開かれている。
              ここで販売されるアイスクリーム等は有名らしい。
              工場近辺は広大なサトウキビ畑。現在は工場は稼働していない。

              一番印象的だった建物は旧日本人職員の住居。事務所は現役で使用されているが、住居は廃墟と化してる。幼い頃、鉱山会社の社宅住まいだったので、懐かしい作りで、写真廃屋は会社の幹部や工場長の住居と思われる。高雄の人に聞いたら、やはり日本風の古い家は一種のあこがれのような存在だそうです。

              多分、高齢の日本の関係者は懐かしく感じると思います。

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              台南旅行・八田ダム(鳥山頭ダム)

              2019.08.09 Friday 11:53
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                2011年9月

                 

                初めての台南ぶらり旅。
                高雄への直行便は昨年JALが撤退してから、チャイナエアライン一社の運航となり、週三便だけになってしまった。一人旅の気楽さは混んでいても比較的席が取り易いことにある。

                高雄駅から特急(鉄道)で約一時間程度で台南駅に到着する。
                鉄道施設は戦前、日本が作ったインフラを使って保守、改良を行っており、駅のホーム等の設備も日本の国鉄と見間違える程同じ作りだった。駅弁を買って社内で食べる事になり、習慣としても同様に継承されている。

                台南駅より、予約してたタクシーで鳥山頭ダム風景区へ向かった。
                およそ、40分程度で到着。

                入り口付近に広い八田興一記念施設があり、記念館内に氏の業績を展示してある。
                また、当時の八田興一氏の当時の家を再現して純日本風家屋が作られている。
                多分、当時の日本人職員の社宅(官舎)として使われていたもの。
                今でも台湾においては、日本風家屋に憧れる人は多いと聞く。

                八田ダムでは命日の記念日の式典には台湾総統、日本から森元総理が出席されたそうだ。
                この日は閑散として、少数の日本人が彼の銅像に参拝していた。

                 

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                台南、高雄、旅行

                2019.08.09 Friday 11:42
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                  過去ブログ:2012年 7月

                   

                  台南を一日観光した時、タクシードライバーに連れて行ってもらった寺院。
                  鎮安堂 飛虎将軍、今まで知らなかった旧日本海軍杉浦大尉(茨城県出身)が祭られてる。
                  台湾の中でも台南(南部)は特に古い寺院が多く、歴史のある街で見どころは多い。
                  台北にしか行ったことの無い人には、違った台湾を経験できると思う。

                  戦時中、フィリピンから来襲した米軍機と空中戦を行った海軍ゼロ戦。迎撃に飛んだ飛行士、杉浦大尉と少数のゼロ戦は圧倒的な数の米軍機によって撃墜されたそうで、中でも杉浦大尉の機は台南市街地に落下していたそうで、地面(民家)衝突直前に大尉が意識を取り戻したらしく、機首を上げその後、民家のない所へ落ちたそうだ。民家を守った杉浦大尉のことを神として、台南の人々は飛虎将軍として大切にここで祭り、守られている。

                  戦後、国民党が来てから、この様な施設は取り壊しの危機に何度も会いながら、台南の人々によって熱心に守られて来た。

                  案内してくれたタクシードライバーさん、(写真のヒゲ人)
                  台南へ行かれる方は、是非彼の車をチャーターすると良い。とても親切な方です。

                  その後の言い伝え:
                  ここは墜落した場所のようで、その後、付近の村落で不思議な事が続発するようになったと言われている。
                  ここの集落の住人が夜になると何度も旧日本軍軍人らしい亡霊を見た言い出し、
                  その後、村の人から宝くじに当選したり、色んな幸運な事が起こり始め、きっと杉浦大尉のおかげと思うようになったそうです。ここに祭り、建立するようになったのは、このような理由だったそうです。

                  亡霊の真偽は別として、旧日本軍人が神となった例です。
                  お寺は台湾式に大変派手な作り。
                  いただいた、お守りは、軍の帽子をかぶった、杉浦大尉の顔を見る事ができます。

                  毎年命日には八田興一氏のダムへ行かれる人は多いですが、飛虎将軍の寺は台南市内にあるので行きやすい。

                   

                   

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